実は、木曽は古来から麻の栽培が盛んだったように思われる。また、木材の産地としては「ひのき一本首一本」と言われるように良質な木材が取れる産地として今でも名高い。
島崎藤村の小説『夜明け前』(よあけまえ)の有名な冒頭の一節に「木曽路はすべて山の中である。」とあるように、木曽の集落は山の中に囲まれている。
先日、木曽の曽はもともと麻と言う意味だとの説を耳にした。「曽」という漢字には麻という意味があるらしい。縄文時代や弥生時代が起源かも知れないが、古来は音が先にあり、漢字はなかったはずである。
「きそ」の「き」を「生(き)」で「生麻(きそ)」という意味があったんじゃないかとの説がある。これは素材として生の麻を扱っていたという意味らしい。だけど、この頃は漢字はなく、ただ「きそ」という音だけであり、平安時代頃に漢字が割り当てられるのが、木曾義仲の頃はすでに「木曽」なのである。
さて、僕が木曽にはじめて来た時に、ある写真を見て驚いた。それは、大木を川に流して運んでいる写真だった。屈強な男たちがトビのような道具を手にして筏で丸太を流送している写真だったように思うが、電車や自動車がなかった頃、そうやって川を伝って丸太を運んでいたことに、凄さを感じたわけだ。
このことからも、木曽の象徴の一つは木曽川だとわかる。そして、古来、木曽川の周りに人が居着いて集落を築いて行ったのだろう。そして木曽の象徴の一つである木材。そこから考えると、木曽川は、やはり「木」を運ぶ川として、その漢字が当てられたんではないかと言えるわけだ。そして「あさ」を丸太の上に乗せて運ぶこともあったのではないだろうか。
古来の語源は永遠に謎になるわけだが、木曽は「木」と「曽」という漢字でできてあり、「曽」は「あさ」であった。木曽の名は「木」と「あさ」から名付けられた言葉で、それが木曽の語源だと、自分の解釈はそのようにしたいと思います。
木を扱う仕事をしてきた僕は、木はとても大切な言葉であり、また、繊維としての大麻への魅力に取り憑かれている僕の希望もあり、木曽は木と曽からできていると、その地に僕がやってきたことには何か意味があり、あるいは使命があるのかも知れないと、そのことを胸の中に秘めておきたいと思います。僕はその自分の役割を果たしているのかも知れないし、まだ、出しきれてないのかも知れない。

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