ナルカリ劇場
『石2』
- その晩、加奈は少し酒に酔って帰ってきた。
- 玄関でもぞもぞと靴を脱いでいると、母親がやってきた。
- 「どうしたの加奈、今日は遅かったわね」
- 「うん、どうもしないよ、今日はミキと居酒屋で飲んでたの」
- そう言った加奈だが、どこか元気がないようだ。
- 「今日は日勤だから、早く帰ってくると思っていたのに、心配するじゃ無い」
- 「ごめんお母さん」
- 「御飯はいらないの?」
- 「うん、もういい、居酒屋でいっぱい食べてきたから」
- そう言うと加奈は二階の自分の部屋に上がって行った。
- 加奈は部屋のベッドに横たわった。
- 少し目には涙が溜まっていたので、目を閉じると涙がこぼれ落ちた。
- 失恋、またふられた。
- 加奈、25歳、看護士3年目、家からさほど遠くない市立の病院に勤務している。仕事は真面目に勤め、患者さんにも人気があり、特に老人からは慕われている。
- 「わたしのどこがいけないのかしら」加奈は思った。
- 「どうして長続きしないのかしら、わたしそんなに性格悪いの、ううん、そんなことないよね」加奈はそう思いながら、付き合っていた男の顔を思い浮かべた。
- 「バカ男!!」加奈は心の中で叫んだ。
- 「ま、いいか!!」
- あんまりショックではなかった。実は加奈も本当に彼のことを好きなのか、自分でもわかっていなかった。彼から交際をせまられて、その気になってつきあったのに、彼から別れ話を持ちかけられてしまった。
- 「はあ〜あ、バカみたい、バカ、」
- 加奈は目をつぶった。
- 待ち合わせ場所にやってきた彼は、「別れよう、他に好きな子がいるんだ」と突然の別れ話。その言葉を聞いて、加奈はこう返した。「わたしも、別れようかと思っていたの」
- もちろん彼のことは嫌いじゃなかった。でも、これは本当の愛ではない。彼氏が欲しいという気持ちから、何気なく付き合っていたって感じかな。だからこれでいいんだよ。
- 本当に好きじゃないなら、長続きなどするわけないのよ。
- そんなことを思いながら、加奈は知らない間に眠りに着いていた。
- 彼氏に振られた後、同僚のミキを呼び出して、居酒屋でふたりで飲んできた。生中2杯と酎ハイ3杯、少し飲み過ぎたかな。ミキが気持ちよいく加奈の愚痴を聞いてくれたので少しお酒が増えたのだ。
- 終わったことは眠ればすぐに忘れてしまう。どちらかと言うと加奈はそんな女、、、。
- 朝になった。加奈は目を開けた。
- 「いけない、わたしお風呂にも入らずに寝ちゃった」
- 時計を見たら7時。
- 加奈は今日も日勤勤務、7時30分には家を出なければいけない。
- 「だいたいあいつがいけないのよ」
- 加奈は昨日まで付き合っていた男のことが少し腹立たしくなってきた。
- 「だいたい、なんであいつに振られなきゃいけないのよ、バカみたい」
- 考えれば、なんか悔しくて、悪口を言いたくなってきた加奈だった。
- 「ふー」少しため息がでてきた。
- 「わたしには運命の人があらわれないのかしら。胸が熱くなって、ドキドキして、いつも一緒にいたいと思えるような人」
- 「加奈、御飯食べて行きなさい」
- 「ダメダメ、もう7時40分よ、間に合わないから食べない」
- そう言って、少し小走りに家を飛び出して行った。歩いて30分の距離。ダイエットもかねて毎日歩いて通っている。
- 住宅街を抜けたら、県道の歩道を歩く、自動車が行き交う2車線路、その道を駅に向かってずっと歩くと、駅前に病院が建っている。
- 加奈は途中大きな川にかかる橋を歩いていた。
- 「痛!!」
- 自動車が何かをはじいた、そのはじいたものが、加奈の右の腰に当った。
- 「痛ー」加奈は腰を押さえた。
- 「何これ」加奈は自分に当って道路に落ちた何かを見つめた。
- 「何これ、石?」
- そこにはつるつるとして、不思議な輝きのある石が落ちていた。
- 加奈はその石を拾い上げた。
- 「へんな石、しかし痛いわね、最悪」
- 加奈はそういいながらも、その石に目を取られた。きれいな石、なんか不思議な雰囲気のある石ね。
- 加奈は何となくバックの中にその石を入れようとした。が、急に昨日のできごとが加奈の頭をよぎった。
- 「ばかやロー」加奈はその石を川に力一杯投げ捨てた。
- 「石が私に当ったのも、あいつのせいよ」
- 川に落ちる石を見届けた後、加奈は小走りに病院に向かって歩き出した。
- それから2年後、加奈はいつものように病院で働いていた。加奈は外科病棟に勤務している。外科病棟は病院の中でも忙しい部署のひとつで、加奈はいつも遅くまで、一生懸命働いていた。
- 昼休みになり、加奈は同僚のミキと休憩所で手製の弁当を食べていた。
- 「整形の患者さんが、ひとり、うちの病棟に来るらしいわよ。403号室にね。整形のベッドがいっぱいらしいわ」
- 「本当に、そしたら食事をとったら、すぐにベッドの準備しなくちゃね」
- 「ほんと忙しいね」
- 病院は常に忙しく、病室もいっぱいの状態だ。このように、他の病棟に入る予定の患者がベッドが空いてないため移されてくることはよくあることだ。
- 昼食が終わり、加奈は403号室に入る患者を受け入れる準備に入った。
- 「403号室に入る患者さんは、頭を切って、さっき手術したみたいね」
- ミキが言った。
- 患者が看護婦に付き添われながら403号室のベッドに運ばれて来た。患者は頭に包帯を巻いて少しうつむき加減に歩いて来た。
- 加奈は403号室で患者を出迎えて言った。
- 「大丈夫ですか。今日はここに泊まってもらいますからね」
- 「あ、はい」
- 「お名前は山本勇太さんですね」
- 「はい」
- 加奈は患者の顔を見つめた。
- 患者は少し細みの若い男だった。
- 「よろしくお願いします」患者は少し笑顔を見せながら加奈に言った。
- 患者のその笑顔を見た時、加奈はなぜだか少しドキッとした。
- 加奈は入院の説明を始めた。患者の男はひとつひとつの説明に「はい」と頷きながら加奈の説明を聞いた。
- 加奈はなぜか、そんな男の様子に少し胸が熱くなった。
- 加奈は詰め所で患者のカルテを見ていた。『山本勇太』29歳、石が頭に当り出血、12針を縫い、念のために検査入院。
- 加奈の頭の中には『山本勇太』の笑顔が気になっていた。その笑顔を思い浮かべるとドキッとした。
- まさか一目惚れ?そんなこと無いは、わたしは一目惚れなんて今までしたこと無いのよ。あるわけないじゃない。そんなこと、、、。
- ナースコールがなった。加奈は我に帰り、ナースコールを取った。
- 検温の時間、再び加奈は403号室に行くことになった。403号室は加奈の担当だ。403号室は「山本」意外は皆重病の年寄りばかりだ。
- 「おじちゃん大丈夫」加奈は寝たきりのおじいさんに声をかけた。
- 「おお、大丈夫じゃ」おじいさんはやさしく笑った。
- 「あんたが来ると、楽になるわい」
- そんな様子見ていた山本も、少し素敵な気分になっていた。
- 加奈は山本の視線が気になった、そして、またドキっとした。
- 「山本さんも熱をはかってね」加奈は山本に体温計を渡した。
- 「それでは血圧測りますね」加奈は山本の腕をとり、血圧計をセットした。
- 加奈の胸は熱くなっていた。
- ダメよ。わたしどうしたの、こんな気持ちはじめてよ。いけない、どうしたっていうの
- ピピピ。体温計がなった。
- 「どうです?」
- 「36℃です」
- 「熱は大丈夫ね、血圧も120の86。大丈夫」
- 加奈は山本の腕を取り脈を測った。
- どきどきした気持ちは、どんどん大きくなってきた。
- 「山本さんは石で怪我したっていうけど、なんで石が当ったんですか?」
- 「道を歩いていると石が飛んで来て頭に当ったんです」
- 「えーうっそー。どんな石?結構大きいんです?」
- 「いや、それが、そうでもないんです。今持っているので、見せましょうか?」
- 山本は、テレビ台の引き出しを開け、石を取り出した。
- 「この石」
- 山本は手のひらに石をのせて、加奈に見せた。
- 「あれ?この石?」
- そう、この石は2年前に自動車がはじいて、加奈にぶつかった石。あのつるつるしてどこか不思議な輝きのある石。あの石だった。
- 「え?この石、、、。」加奈の胸はさらにどきどきしてきた。
- これは運命の出会い。神様のいたずら。
- その1週間後、山本は加奈に恋を告白し、加奈も山本の恋を受け入れることになる。
- これは運命の出会い?
- しかし何故、あのとき加奈が川に投げ捨てた石が山本の頭にぶつかることになったのか?
- 説明しよう。
- 加奈の投げ捨てた石は、当たり前のように川底に沈んだ。石は川の流れにのって、ころころと転がった。それから何ヶ月間も石は川底に沈んでいた。
- ある日、石は小学生の少年に拾い上げられた。
- 「お父さん、きれいな石見つけたよ」
- 少年はその石を持って帰り、家の金魚鉢の中に入れた。
- 翌年、金魚が死んでしまった。少年は金魚鉢の石や砂を庭にひっくり返した。たまたま遊びに来ていた友だちが、その石が欲しいと言ったので、少年は石を友だちにあげた。
- 石は友だちのポケットに入れられた。
- 友だちは家に帰る途中、公園に立ち寄りジャングルジムで遊んだ。遊んでいたら夢中になりポケットの中の石が落ちたのに気付かなかった。
- その公園はカラスがたくさん集まる公園だった。
- ある日の午後、野球部の中学生立ちがクラブから帰る途中公園に立ち寄った。そこにカラスがたくさん集まっていた。一羽のカラスが突然中学生の野球帽に襲い掛かって来た。
- カラスは中学生の帽子を奪い、電信柱のてっぺんに止まった。
- 「くそー」中学生たちはカラスめがけて石を投げ出した。
- 「痛!!」男のうめき声が響いた。
- 「やべえ、逃げろ!!」
- 中学生はてんでに逃げて言った。
- 電信柱の後ろの家の向こう側で男がうずくまっていた。頭から血を流していた。彼は山本勇太だった。
- その後、勇太が整形病棟に入院していたら、加奈と勇太は出会っていなかったかもしれない。それも運命のいたずら。
- なんの変哲もない行動が運命を変えることがあるかもしれない。それがたった一つの石でも。
- 君の放った言葉、君が起こした行動が、意外と世界を揺るがす大事件を引き起こしているかもしれないね。
- そう、この世のことにはすべて意味があるんだ。
- 今も加奈と山本は幸せな結婚生活を送っている。あの石を川に投げ捨てたことが始まりだ。間違いない。
おわり