ナルカリ劇場
石
- ある日男は道ばたで石を拾った。その石はどこか不思議な色をした石だった。
- 直系5cmほどのつるつるした石で、でもどこか懐かしい匂いがするような。
- 「家に持って帰るとするか、でもこんなもの持って帰ったってどうしようもないかな」
- 男はそう思ったがポケットにその石をしまい、駅に向かって歩いて行った
- 会社の席に座り、なんのきなしにいつもの業務をこなした。
- 昼休みになり、男は駅で買ったサンドウィッチを鞄から取り出し昼食をとった。
- 昼食をとりながら、ポケットの中の石を取り出し、手のひらにのせて、ゆっくりと眺めた。
- ふと男はその石に何か文字が彫られていることに気付いた。
- 小さな文字だ、なんて書いてあるのだろう
- 男は目を近付けてその文字を読み取ろうとした。
- 『AI』と彫られていることがわかった
- 『AI』とは何かな?イニシャル?それとも『愛』?
- それともまだこの後ろに文字があったが、後の文字が消えて読めなくなっているのだろうか?
- そういえば、その後にもなにか書いてある痕跡のようなものがあるような?
- 会社が終わり、男は珍しく会社の同僚に声をかけられ飲みに行くことになった。
- 小さなキャバレー、男がふだん行くことなど無いような店、同僚の行き付けの店らしい。
- 「ここの女の子は可愛い子ばっかりなんだ」
- 同僚は嬉しそうに男に説明をした。
- 男も何か新鮮な気持ちになり、店に入る時に心が高ぶった。
- 「いらっしゃいませ」
- 店の扉を開けると、店員の男が現れ二人を店の中に案内をした。
- 「いつもの子を頼むよ」同僚は店員に言った。
- しばらくして、女が二人やってきた。男の隣にひとり座り、同僚と男の間にひとり座った。
- 同僚はお気に入りの女と喋り出した。隣に座ったもう一人の女が男の顔を見て微笑んだ。男は少し緊張したようにその女に会釈した。
- でも何を話したら良いのかわからない、ようするに男はこういう場所に慣れていないのだ
- そう思っていると女がこう切り出した。
- 「なに飲みます?水割りで良い?」
- 「ああ」
- 「お客さん独身?」
- 「いや俺は結婚している」
- 「子供さんは?」
- 「高校生と中学生と二人いるんだ」
- 「へーそうは見えないわ、もっと若く見えるよ」
- 「君は?」
- 「え?」
- 「いくつ?」
- 「わたし?いくつに見える?」
- 「23?」
- 「ま!?嬉しい、もっといってるのよ、内緒よ。27歳なの」
- 女は周りを見回し、小さな声でそう言った。
- その様子がチャーミングで男は少し楽しくなった
- 「君の名前は?」
- 「みさと」
- 「『みさと』それ本名?」
- 「ううん、もちろんここでの名前よ」
- 他愛も無い話、だが男はそんな他愛も無い話の中で、結構楽しい気分を過ごすことができた。
- 同僚の男も楽しくやっているようだ。
- 酒が入って酔ってきたら、もっと楽しく話ができた。男と女は会話がはずんだ。
- 客とホステス?あたりまえの風景。
- だが、そんな気がしなかった、なんかもっと違う場所にいるような、、、。
- まあ思い過ごしだろうが、、、。
- 男は38歳。若くして結婚し、高校生の男の子と中学生の女の子と、二人の子供を持つ。
- 仕事はデザイン事務所のクリエイター、主に某化粧品会社の広告を受け持つ。
- 最近何か物足りなさを感じていた。妻との生活も上手くいっているし、家族をとても愛している。
- でも何か足りない。なんだろう。
- それは刺激が足りないのか?
- 仕事は忙しいがおもしろい。昔ほど残業は無くなったが、帰りはたいてい9時頃になり、家でも仕事のことを考えてしまう。
- 刺激が足りないなんて誰もが感じること、本当は寂しいんだよ。どっか心の中に寂しさがあるんだよ。
- 女と話ながら、男はその女に少し惹かれていく自分に気付いた。
- 俺が何か物足りないと感じていたものは、これじゃないかな?
- このドキドキした気持ち、この女の笑顔、どこかほっとする感覚、、、。
- こんなことを思ってはいけないんだよ。妻にあわせる顔がない。男は少し罪悪感をもった。「いけない、いけない」
- 女は男の肩に顔を寄せてきた。
- 男は緊張した。こんな感覚、最近なかった。ドキドキした感じ、、、。
- まあ良いか、今晩だけのこと、このお店にはもう来ないだろう。
- 「なんか私、好きになりそう」
- 女がなにげにそう言った。
- 「え?」
- ホステスがお客に言う商売上の言葉。こんなことでドキッとしてはいけない。男はそう思った。
- 「さあもう帰るぞ、終電がなくなる」
- 同僚が男に言った。
- 「また来てね」
- 女が男に笑顔で言った。
- 「うん、また来るよ」
- 電車の中で男は女のことを考えていた。あの子の笑顔は俺を優しくしてくれる。
- 男は少し眠くなった。夢の中、うつろいの中、男はポケットの中の石に手をやった。気持ちよい触り心地。まるでやさしい女性のようだ。
- 家に着くと、妻が男を待っていた。
- 「遅かったじゃない」少し不機嫌な眼差し。
- 「電話したじゃないか、俺だって、たまにはこんな日もあるんだ。」
- 「そんな怒らなくてもいいじゃない。わたし、あなたの帰りを待っていたのに、、、」
- 「ごめん、ごめん、、俺が悪かった」
- よくある夫婦の一場面だが、男は少しうんざりした気分になった。
- 妻はとても良くできた女だ。子育てしながら、パートタイムで働き、俺の少ない稼ぎを補ってきたりもしてくれる。
- いつも笑顔で、子供達にとっても素敵なお母さんだろう。もちろん俺にもできた女房。
- でも最近、少しおばさんっぽくなってきた。どっか現実的すぎる彼女に、少しの不満があるのかもしれない。
- 男は寝床の中で、キャバレーの女のことを思っていた。
- 横に寝ている妻に対して、少し罪悪感のようなものを心の片隅に置ながら。
- 次の夜、男は昨晩のキャバレーに足を運んでいた。しかし、今日は昨日とは違う、今日は同僚は一緒では無い。
- 何か、あの女に会いたいような、この胸の中で熱くなる気持ちが、彼をキャバレーへと誘った、、、。
- ちょっとした遊び気分。ある意味ストレス解消かも。
- キャバレーの扉を開けた。昨日と同じ店員が男を出迎えた。
- 「みさとさんですね」
- 男はうなずいうた。店員は男をテーブルに案内した。
- 「今日も来てくれたの。嬉しい!!」みさとは男の横に座り、べったりとくっついた。
- 男はドキドキした。この歳でこんな感覚が味わえるなんて、少し恥ずかしい気もするけど。
- なんで、こんなに楽しい気持ちになるんだ。男は自分の気持ちを信じられなかった。
- 男の顔には自然と笑みがこぼれた。
- なんか普通に楽しい。
- なんて可愛いんだ。なんて無邪気なんだ。
- 今日もなんの変哲も無い話。男はみさとに仕事の話をした。どういう仕事をしているのか、どんなところがおもしろいのかを。
- きっとつまらない話だろうが、みさとは楽しそうに、ときおり男の目を熱心な眼差しで見つめて話に聞き入った。
- こんな話し、最近妻にも話していない。
- 男が少し身体の位置をかえた時、ポケットから何かが転げ落ちた。
- カチンという音は、音楽の流れているこの小さなキャバレーの中でも聞き取ることができた。
- 「何か落ちたわ」みさとはその落ちたものを拾い上げた。
- 「何これ?石?」
- 「あ!!それ昨日拾った石、なんか捨てられなくて、それにどこか不思議な石なんだ。イニシャルのようなものが彫ってあってね」
- 「まあ、子供みたい、石を大事に持っているなんて」
- みさとはそう言ったが、一瞬言葉を失うことになった。
- 「あれ?」
- みさとは少し驚いた顔を見せた。
- 「どうしたの?」
- 「この石、この石、、、私が子供の頃持っていた石だわ」
- 「え?」
- 「そう、この石よ、わたしが小学校の裏山で見つけて大事にしていた石よ」
- 「は?」
- 「そう、これは私の名前の愛と書いたの、わたしの本名は愛。そして引っ越しするときに机の中から出てきたこの石を川に投げ捨てたの」
- みさと、いや、愛は夢中になって話した。
- 「でもどうして、あなが持っているの?」
- 「これは昨日、歩いていると見つけたんだ、きれいな石だったので拾ったんだ」
- 愛は目を大きくして男の瞳を見つめた。
- 「何かすてき。すてき」
- 愛は男の手にしがみつき、男の肩に顔をうずめた。
- 「私をあたためて」
- 男は愛の肩を強く抱き締めた。かぼそい愛の肩は、どこか優しく切ない気がした。
- 「なんか運命を感じるわ」愛の瞳は恋をした目だった。
- 本当かよ。男は自分のおかれた状況を少し疑った。こんなことがあるなんて、、、。
- それに、この子は俺に惹かれてる。
- どれだけの時間を過ごしただろうか
- 気付くと、目の前に男の店員がたっていた。
- 「お客さん、今日は閉店です」
- 男は少し現実に引き戻された。
- 「それじゃあ俺は帰る、この石は君が持っていてね」
- 「ううん、この石はあなが持っていて、わたしの分身。」
- 「また来るね」
- 「うん」
- 愛は男の顔を深く見つめて笑顔で言った。
- 男は少し心配していた。家に帰って、いつものように妻と接することができるのだろうか。俺はあんまり器用じゃ無い。
- 俺は少し戸惑っている。彼女の余韻が身体に残っているのだ。
- 家に帰ると、妻が寝ずに男の帰りを待っていた。
- 「今日も遅かったわね」
- 「うん」
- 男は妻の顔もろくに見ずに、トイレに行った。男は妻に顔を会わせづらかったからだ。
- 「どうしたの?」
- 「いや、トイレ我慢してたの」
- 「ふーん」
- 「風呂はいる」
- 男はそそくさと風呂場に行った。
- 妻は、男の態度に、いつもと違うものを感じたが、それ以上何も言わなかった。
- 「少し疲れたんだ」男はそう言って風呂に入った。
- 「ふーん」
- どんなに上手くいっている夫婦であっても、どこか不満や物足りなさを感じるものだ。
- これは当たり前の出来事。何も俺は愛ちゃんに恋したわけではない。日常では味わえない非日常のキャバレーでの出来事に少しハマってしまっただけだ。
- これは単なる遊び心、ストレス解消の一こまでしかないんだ。
- 男は自分に言い聞かせようとした。
- 男は風呂からあがると、妻に何も言わずにそそくさと寝床に就いた。
- 男はなかなか眠れずにいた。ずっと愛のことを考えていた。
- そして妻のことも。
- ダメだダメだ。俺にはこんなに素敵な女房と子供達がいるのに、どうして今日の出来事が離れないんだ。
- 男は葛藤していた。愛に惹かれる心と、妻や家族への思いとで、、、。
- 朝になったら、いつものように妻に接することができるのか。少し不安だった。
- 朝になった。昨晩の不安をよそに、男はなぜかすがすがしい気分で目が覚めた。
- 今日は土曜日で会社は休み。
- 男は台所にやってきた。妻が、目玉焼きを焼いていた。いつもの光景。
- 「おはよう」
- 「おはよう。御飯とパンどっちにする?」
- 「パンにする」
- いつもの光景、男は何も変わっていない。俺の気持ちはいつものままだ。男はそう思った。
- 「子供たちは?」
- 「まだ起きて無いわ」
- 「そうか、、、。今日はみんな用事ある?なければ、久しぶりに家族でどっか行くか」
- 「え?本当。行く行く!!どうしたの今日は?嬉しい!!子供達起こしてくるわ」
- 妻は子供達を起こすために、二階に駆け上がって行った。
- やっぱり俺は変わらないんだ。善いお父さんでいられるんだ。男は自分自信を確認するかのようだった。
- 俺は妻を愛してる。昨晩のこと、あれは一瞬の気の迷い。
- でも、どこか胸の奥にあるあの切ない感覚はなんだろう。ダメだダメだ、俺はどうしたんだ。
- この二日間でいつもの俺に戻らなければ。
- ひさしぶりの家族でのボーリング。外食。結構楽しんでいる、思春期の子供達も喜んでいる。
- 「お父さん!!」なんかこう良い響き。
- 高校生の息子は少しふてぶてしくなったけど、やはり子供は可愛いいものだ。娘は最近おしゃれを気にする年頃、親としても少し嬉しいような、不安のような。
- 今日は楽しもう。妻も楽しんでいる。もっと楽しもう。
- 月曜日、いつものように会社に行って、いつものように仕事をこなす。今日は早く仕事が終わりそう。家に帰って家族で食事でもするか。
- こんなに早く仕事が終わることは滅多に無い。ラッキー。男は午後5時30分、会社の終了時刻にあがることができた。
- 真直ぐに駅に向かった。すぐに電車に乗れば、6時半には家に着くことができる。そう思って少し早足で駅に向かう。
- そのときだった。ずっと向こうから愛がこっちに向かって歩いて来るではないか、、。
- 「あ?!」
- 愛も男に気付いた。愛は最高の笑顔を男に送った。
- 男も顔がほころんだ。
- ふたりは道の真ん中に止まった。
- 「やあ」
- 「うん」
- 「どうしたの?」
- 「うん、この道を歩いていたら、あなたに会えるような気がして」
- 「本当に?」
- 「うん」
- 愛の目は男に恋をしている。男もそれを感じることができた。
- ダメだ、これ以上、この子に接すると俺は深みにはまって元に戻れなくなってしまいそうだ。
- 俺は今の生活をダメにしてまで、この子にハマってしまうことは考えられない。
- 「携帯番号教えて」
- 「え?」
- 「お店以外で会いたいから」愛は少し甘えたような声で言った。
- 男は少し戸惑った。携帯番号を教えたら、いつか女房に気付かれてしまう。それはダメだ。
- 「わたし、あなたがはじめてお店に来た時、すてきって思ったの。そしてあの石をあなたが持っていたとき、わたしは運命を感じたの。」
- 愛は男の目を深く見つめた。
- 「あなたを好きになったの」愛の表情はどこか切なく感じ取れた。
- 俺もおもえに惹かれている。男はそう愛に言いたかったけど、それは言葉にならなかった。
- 「また店に行くから」
- 「今日わたし、お店休みなの、二人でどこか行かない?」愛は笑顔でそう言った。
- 「ダメなんだ今日は、俺、約束があるんだ。これから仕事の打ち合わせで」
- 男の口からは、そんなでまかせが出てきた。
- 「そう、、、」
- 二人の間に少し沈黙があった。
- 「携帯番号教えて」
- 男は首を横に振った。
- 「そう」
- 愛は男が自分をさけていることを読み取った。少し顔が陰った。
- 「それじゃあ私行くね」寂しそうにそう言った。
- 「バイバイ」
- 「うん」
- 愛はそう言って、歩き出した。振り返らずに、しっかりと、真直ぐと。
- 男は愛の背中を見届けようとしたが、すぐに進行方向に顔をやり、真直ぐに歩き出した。
- 少し寂しいような、男はそんな思いを心に抱きながら、真直ぐに歩いた。
- 本当は運命の女性だったのかな。男は愛への未練があった。俺が二人いたらなあ。
- 男としての器の小ささも感じるようでもあった。
- でもこれは一瞬の気の迷い、これで良かったんだ。一瞬の迷い。運命の女?
- 家に着いた。男は玄関の扉を開けた。
- 妻がニコニコして駆け寄ってきた。
- 男は少し驚いた。
- 「どうしたんだ」
- 「これ何?」
- 「え?」
- 妻は石を持っていた。
- 「これ、あなたのポケットから出てきたの」
- 「ああ、石だよ」男は妻に何かを勘付かれたのかと、少し不安に思いながら答えた。
- 「この石どうしたの?」
- 「拾ったんだ。きれいな石だったから」
- 妻はニコニコして言った。
- 「え?本当に?うっそー!!この石、私が小さな頃、海岸で拾った石よ。ほら、ここにローマ字で名前が彫ってあるでしょう」
- 「え?」
- 男は少しこんがらがった。
- 「ほら」
- そこには「AI」と書かれた文字しか見えなかった。
- 「AI(エーアイ)と書かれているよね。おまえは舞子(まいこ)だから、AIじゃないよね」男がそう言うと
- 「ううん、ほら良く見て、舞子(まいこ)って書いてあるのよ。ほら」
- 男が目を凝らして良く見た。
- 言われて見れば、AIの前にMがあり、AIの後ろにKOが書いてあるような。
- 「これ本当に拾ったの?私、学校に持って行った帰りに、どこかに落として無くしたの、この石。30年の時を経て、あなたが拾ったなんていったいどういうことかしら、不思議ね。何か運命を感じるわ」
- 男は何か狐に摘まれたような感覚に襲われた。
- 妻の手のひらに乗っている石は、まるで男をからかっているように、ただ黙って、そこにのっかっていた。
おわり