ミラクルトイ

 

ミラクルトイと不思議な木の世界 

 

ナルカリ 

 

小説とは別に映像版の「ミラクルトイ 」があるが、映像版と小説ではラストシーンが少し違っています。

 
 
皆さんは、アニミズムという言葉をご存知だろうか。
 
それは霊的存在への信仰のことを意味する。
 
生物・無機物を問わないすべてのものの中に魂が宿っているという考え方だ。
 
現代社会では、アニミズムは忘れられてはいるが、川の河童や湖の竜など、今でも語り継がれる妖怪やモノノケの中には、アニミズム的な考え方から生まれてきた物たちが、たくさんいるのではないだろうか。
 
 
 
市街地から山あいに五十分ほど車を走らせたところに、透き通るほど綺麗な水が湧き出る小さな田舎町がある。その町の県道沿いに木造の小さな木のおもちゃ工房が建っていた。
 
もう十五年ほどになるだろうか、都会から来てこの地に住みついた男が、ここで木のおもちゃ工房を営んでいるのだ。
 
はじめは家具作りなどから始まったのだが、気がつくと木のおもちゃばかりを作るようになっていた。
 
奇妙なカラクリ人形から幼児のための知育玩具まで、この工房から様々な木のおもちゃが生み出されるのだ。 
 
隣接する店の棚には、ここで作った木のおもちゃ達が所狭しと陳列されていた。
 
どれも、まるで生きているみたいな、そんな木のおもちゃ達だった。
 
この工房を営んでいる男はナルカリ。皆にそう呼ばれていた。
 
彼には息子が三人、娘が一人、そして、年上の妻がいた。
 
その日は、ナルカリと三男以外は、大学に進学した長男の引っ越し先に行き、しばらく家を留守にしていた。
 
 ナルカリは、たいてい夜の七時頃には仕事を終えて帰宅するのだが、その日は、通常の帰宅時間を大きく超えてしまった。
 
木のおもちゃ博物館から依頼された急ぎの仕事を片付けなければならなかったからだ。壁にかかっている時計を見ると、時間は既に十時を回っていた。
 
ナルカリは家で留守番をしている三男のピトキが気がかりだった。ピトキには戸締まりをして先に寝るようには伝えてあったが、まだ小学生のピトキを、夜中に一人にさせていることが心配だった。
 
もうちょっとで家に帰ることが出来る。このティラノザウルスをあと十個切りぬいたら、この仕事は終了だ。

ナルカリは電動糸ノコ作業に集中した。
 
 
 
父の帰宅が遅くなると聞いて、ピトキは心細くなった。いっそ、早く寝て、早く朝がくれば良いと思った。

ピトキは九時頃にはベッドの中に入り、目を閉じるとすぐに眠りについたようだった。
 
ピトキはどちらかというと気が優しくて大人しい少年だった。その反面、人前で面白いことをして、おどけてみせるのが好きで、そんなところは父によく似ていると言われた。

父は、そんなピトキをいつも気にかけてくれていた。
 
ピトキにとって父は親しみやすく面白い人だった。

木のおもちゃを作ることに夢中で、ときどき、新しい作品を家に持って帰ってきては、子供達に、そのおもちゃの出来栄えに対して意見を求める。

父の作品を褒めることも、木のおもちゃ作家の子供として生まれてきた自分の役割だと思っていた。

作品を褒めると父は機嫌が良くなり、楽しそうにお酒を呑んで、ピトキにかまったり、ふざけたりして一緒に遊んでくれる。

ピトキはそういうときの父が好きだった。
 
まるで生きているみたいな、そんな木のおもちゃが作りたい。父は、ときどき目を輝かしてピトキに話をしてくれた。
 
木には魂がある。その木を別の形にすることで、木は、また違う役割を与えられる。
 
家の中の身近な道具やおもちゃになることで、人間の生活の中にやさしさや癒しを与えてくれる。木は形を変えることで家族のような身近な存在となるのだよ。そして、木は僕達のことを、いつも見つめているのだよ。
 
父には木の匂いが染み込んでいた。

ときどき、その匂いのことを他人に指摘されることもあるけど、木の家に住み、木の匂いが当たり前になっていた自分たち家族には、匂いのことなど意識することすらなかった。

それでも、ときどき父の工房に遊びに行くと、木の匂いを強く感じることもあった。
 
父の工房には、いくつもの工作機械が並べられていた。

ピトキには、それらは夢の機械にさえ映った。その機械から、たくさんの木のおもちゃが作られる。

まるで魔法のようだ。
 
工房に隣接するお店には、父が作った様々な木のおもちゃが飾られている。

ピトキには、どのおもちゃも面白く映ったが、その中でも、ガイコツ目玉くるくるというおもちゃがお気に入りだった。
 
 
 
さて、そんな夜、まだ、ナルカリが工房でティラノザウルスの形を切りぬいている最中。別の部屋では、思いもよらぬことが起こり始めていた。
 
その部屋の片隅の小さなテーブルの上に、いくつかの壊れた木のおもちゃが散乱していた。
 
手や足がもげてバラバラになって修理もされないまま、テーブルの上に放置された木のおもちゃ達だ。
 
それらは、イベントに持って行ったときや、あるいは展示会で飾っていたときに壊されたものたちだ。
 
子供達に手荒に扱われて壊された木のおもちゃたちは、いつの日か、ナルカリの手によって修理されることを待ち望んでいた。

だが、ナルカリは仕事の忙しさに追われて、彼らの望みを叶えてやる余裕がなかった。
 
彼らは、そろそろ待ちくたびれて、その願いを抱くことを終わりにしようとさえ思い始めた。
 
壊れた木のおもちゃ達の中には、ナルカリが修理をしてくれないことに怒りを感じるものもいた。

いつしか、彼らの怒りは怨念のような醜悪な感情を生み出しはじめた。
 
そして、その思いは熟された。
 
まさに今、壊れた木のおもちゃ達の怨念が集結して、大きなパワーとなり、一つの魂を甦らせようとしていたのだ。
 
散乱された木片の中からサソリの持つハサミのような部品がピクリと動くと、バラバラになっていた手や足、顔、胴体、それらが、新しい一つの形となるために集まり始めた。
 
そして、それらは合体して一匹の昆虫と化した。
 
その昆虫は、顔と胴体が蜂、手がサソリ、足がヤドカリ、まるで蜘蛛のような動きをした。
 
その木の昆虫をサソリ蜂と名付けよう。サソリ蜂は、木の魔法によって新しく生まれたのだ。
 
だが、サソリ蜂が生まれた理由は、別のある目的のためでもあった。
 
その目的とは、工房の片隅に置かれている木の仮面を魔人として甦らせることだった。
 
その目的を叶える手段として、サソリ蜂を生み出す必要があったのだ。
 
その仮面とは、キハダの木をノミで掘り出して作り上げたもので、魔人を象った仮面なのだ。
 
ナルカリは、その仮面を十年ほど前に、特に意味もなく作ったのだが、いつしか、その仮面に一つの魂が宿り始めた。
 
その仮面に宿っている魂は、遥か太古の宇宙の世界で、人間になれずに苦しんだ、ひとつの光。

その光は人間に憧れ、いつしか光は魔人の魂となって、人間の世界に降り立つことを望んだ。
 
それは、人間が鳥を見て、空を飛びたいと憧れる。それと同じようなものだった。
 
そして、その日が、ようやくやってきたのだ。
 
仮面を魔人に変身させるには、仮面に目玉を埋め込むことが必要だった。
 
そもそも、仮面というのは、人間に被られて、祭りや儀式で使われるために存在してきた。おそらく、それが仮面の役割だ。
 
人間が神になったり、悪魔になったり、あるいは動物になったり、仮面は、その変身の道具として、人間の手によって作られるのだ。
 
そして、仮面が魔人として自らの生命を得るためには、本来の仮面の役割とは逆に、人間のような姿を仮面自信が備えなければならなかった。
 
そのためには、人間が仮面の内側から外の世界を見るために作った二つの穴に、目玉を埋め込む必要があったのだ。
 
目玉を埋め込むことで、仮面自身が、まるで人間のような姿になるのだ。それが、この儀式の出発地点となる。
 
仮面は壊れた木のおもちゃ達の魂を借りて、今、まさに、魔人になるために動き出したのだった。
 
そして、まだ魔人に成り得ていない魂は、人間の姿に近付くための目玉を手に入れてくるようにサソリ蜂に命令を下した。
 
サソリ蜂にとっても魔人の力は好都合だった。修理をしてくれなかった憎きナルカリに復讐をするチャンスなのだ。サソリ蜂は魔人の第一のしもべとなり、魔人に尽くすことを誓った。
 
 
 
店にはたくさんの木のおもちゃが陳列されているが、サソリ蜂は、その中から「福笑い」に目をつけた。もちろん、木で出来た「福笑い」だ。
 
「福笑い」からなら、比較的簡単に目玉を奪い取れると思ったからだ。なるべく音を立てないように、静かに近寄ったが、「福笑い」はサソリ蜂の気配を感じ取ったようだった。
 
「来るな。やめろ」福笑いは言葉で抵抗した。本当は近付いて来るサソリ蜂から逃げ出したかったのだが、どうにも体が動かないのだ。そして、もう一度、サソリ蜂を拒むように「やめろ」。と言葉を発した。
 
しかし、その言葉はなんの効力も持たなかった。サソリ蜂は「福笑い」に近付くと、あっという間に右目を奪い去った。
 
「うう」福笑いは情けない顔をすると、吐息をもらした。
 
 
 
その後、サソリ蜂は、ナルカリの家のすぐそばまで来ていた。
 
そして、隙間を見つけて、こっそりと家の中に忍び込んだ。

だが、家の中は静かだった。もう、ここの住人は眠っているのだろう。

サソリ蜂は、そう思い、部屋を徘徊した。しかし、一階から人間の姿を見つけることは出来なかった。
 
ここには誰もいないのか。そう思うと今度は二階に上がった。

すると人間の匂いがした。子供の匂いだ。
 
部屋の扉が閉まっていたので、サソリ蜂は部屋の中に入ることはできなかった。

子供の目玉はあきらめようか。

そう思ったが、そのとき魔人の魂が、その扉を超能力で押し開けた。
 
サソリ蜂はニヤリと笑い、静かに部屋に入った。

子供はベッドで寝ていた。

この子供の目玉を持って帰ったら、さぞかし仮面は喜ぶだろうと思い、サソリ蜂は、そっと子供に近付いた。
 
そのときだった、子供が目を覚ました。サソリ蜂はすぐにその場を立ち去り、子供の視界に入らないよう逃げ去った。
 
 
 
ピトキは頭の上の方で何か気配を感じて目を覚ますと、頭の上の棚に目をやったが、そこには何もいなかった。

気配はどこかに消えたようだ。何事もなかったように、ピトキは再び眠りについた。
 
 
 
サソリ蜂は、子供の目玉をあきらめると、再び、店に戻ってきた。

そして、店の中で新しい獲物を見つけた。ガイコツのパズルだ。

こいつの丸い目玉は人間のそれに似ていると思った。

これにしよう。サソリ蜂はガイコツパズルに近付くと、目玉をゴソゴソとハサミでつつきはじめた。もう少し上手くほじくると取り出せそうだ。
 
ガイコツパズルは何も言わずに、ただ、サソリ蜂にされるがままだ。恐ろしくて言葉も出せないのだ。
 
サソリ蜂は少し手こずりはしたものの、ハサミで目玉を取り出すことに成功した。
 
そして奪い取った目玉を見て、不敵な笑みを浮かべた。
 
その目玉を仮面に取りつけたときに何が起きるのかと想像したら、思わず笑ってしまったのだ。
 
さあ、早く魔人の復活を見たい。サソリ蜂はそういうと、魔人の所に向かった。
 
サソリ蜂が去った後、ガイコツパズルは片目になった自分の姿を嘆いて、呻き声を上げた。
 
 
 
ナルカリが作る木のおもちゃは、かわいらしい木のおもちゃもたくさんあるのだが、端から見たら奇妙と思える物もたくさんあった。
 
ガイコツや吸血鬼。ゾンビやろくろ首、人間の内臓を象ったおもちゃまであった。
 
それらは、まるでホラー映画の登場人物かのようでもある。
 
だが、このような特徴的な木のおもちゃにこそ、力のある魂が好んで宿るのだ。
 
福笑いやガイコツパズルの魂も、古代から生きながらえてきた、比較的、力の強い魂であった。
 
 
 
サソリ蜂は、仮面のところにやってきた。もう、既に一つめの目玉は仮面の右目に収まっていた。
 
今、取ってきたばかりのガイコツパズルの目玉を仮面に取り付ければ、仮面が魔人に変わるのだ。そうすれば、仮面は魔人の大きなパワーを手に入れることになる。
 
サソリ蜂はハサミで掴んでいた目玉をゆっくりと仮面の左目に埋め込んだ。その途端、大きな雷がなり、閃光が走った。
 
「ううう、ううう」仮面が呻き声を上げた。
 
仮面は口の中から、木でできた小さな動物を吐き出した。そして、呪文を唱えた。
 
「ト・フ・ラ・ク・リ・カ・ル・ナ」
 
閃光が走った。雷鳴が轟いた。
 
その呪文を唱えた瞬間、仮面は魔人へと化したのだ。
 


 
 ナルカリは糸ノコ作業の最中だった。なんだか雷が鳴ったようだけど、おかしいなあ、雨も降っていないのに。

そんなことを思いながら電動糸ノコで最後のティラノザウルスを切り抜いていた。
 
そのナルカリの背後に、魔人は迫っていた。
 
魔人は幻影か、それとも現実か。
 
「あぶないよ」どこかから、声が聴こえた。
 
「あぶないよ」再び声が聴こえた。
 
その声の主は、その部屋に置かれている人形だった。

人形はナルカリに危険を知らせようとしていた。だが、ナルカリには、その声がはっきりと聞こえなかった。
 
その声を確かめようと思い、ナルカリは電動糸ノコの手を止めてスイッチを切った。あたりは静かだった。でも、少し様子がおかしい気がした。
 
ナルカリは背中に気配を感じて後ろを振りかえった。
 
「ト・フ・ラ・ク・リ・カ・ル・ナ」
 
魔人の呪文が響いた。
 
 
 
それから数時間が経っただろうか。
 
「おきなよ」
 
暗闇の中から声が聞こえた。

どうやら、その声はナルカリに話しかけているようだ。誰だ、君は。暗闇の中から呼び起こすのは誰だ。
 
「おきなよ」
 
目蓋を開けると、明るい蛍光灯の光が見えた。

どうやら天井を見上げているようだ。

ここはどこだ。

俺はいったい何をしていたんだ。

ナルカリは、ぼんやりとだが意識を取り戻し、体を起こした。

自分が高い所に座っていることが理解できた。
 
「あ!」
 
ナルカリはそこから滑り落ちて床に叩き付けられた。

衝撃が走った。

しかし、高い所から落ちたわりには、それほど痛みは感じなかった。

そして、体を起こして立ち上がり部屋の中を見回した。

なんだか様子がおかしいぞ。いつもよりも、部屋の中のものが大きく見えるのだ。
 
何かがおかしい。それに、この身体の違和感はなんだ。そう思い、ふと手のひらを見ると、その手は木製だった。
 
「なんだ、この手は」
 
 夢をみているのかと思った。
 
「いったい俺は、どうなってしまったのだ」ナルカリは思わず、声を上げた。
 
「木のおもちゃになったのさ」
 
「誰だ!」
 
「あなたの作った内臓人形の山口つとむですよ」
 
目の前には、自分が作った内臓人形がそびえたっていた。ようやく、あの声の主が判明した。
 
内臓人形は古材や色木材を使って、本物の人間と同じくらいの大きさに作り上げた木製の人体模型だった。ナルカリはその人形を山口つとむ君と名付けていた。
 
「君は、いったい…」そう言いかけたとき、内臓人形が大きな声で叫んだ。
 
「危ない!!」
 
ナルカリが後ろを振り向くと、そこには、サソリのような蜂のような木の生き物がいた。
 
その生き物はナルカリに襲いかかろうとしていた。ナルカリは後ずさりをしたときにつまずいて尻餅をついて、床に座りこんでしまった。

その生き物は、チャンスとばかりにナルカリに襲いかかり、そのサソリのような大きなハサミで攻撃をしかけてきた。

ナルカリはそのハサミの攻撃に必死で抵抗を試みたが、攻撃はおさまることもなく、ナルカリは次第に追い込まれて行った。

このままだとやられてしまう。俺はいったいどうなってしまうんだ。
 
「こら!」
 
大きな声が聞こえた。
 
「やめないか!!」
 
自分の作った木のおもちゃ達だった。
 
「こら!やめないか!こら!」
 
サソリ蜂は彼らを見ると、ナルカリへの攻撃をやめて、猛スピードで逃げ出した。

隣の部屋まで行き、そこから数メートルほど走って、開いていたドアから外に姿をくらました。
 
「大丈夫ですかナルカリさん。お怪我はないですか?」
 
クワガタムシの形をした木のおもちゃがナルカリに話しかけた。
 
ナルカリは床に座りながらクワガタムシの形をした木のおもちゃの方を見た。それはナルカリが作ったクワカーというおもちゃだった。
 
ナルカリは呆然としていた。
 
「いったい俺はどうなってしまったんだ」
 
「あなたは魔人によって木のおもちゃにされてしまったのです」
 
内臓人形の山口つとむ君が言うと、それに続いて、クワガタムシのおもちゃが言った。
 
「ようこそ、木のおもちゃの世界に。あなたにお会い出来て光栄です。クワカーです」
 
「知っているよ。俺が作ったのだからな」
 
ナルカリから、思わず、そんな言葉がこぼれた。
 
小さいはずのクワガタのおもちゃが、まるで大きな犬のように見えた。

他には、カブカー、犬のおもちゃ、ネコのおもちゃ、そして、ガイコツ目玉くるくるまでいた。彼らはすべてナルカリの作った木のおもちゃ達だった。
 
どうやら、俺は木のおもちゃになってしまったようだ。
 
自分自身に起こった現実を理解することは難しかった。
 
 
 
ニュース速報がはじまった。そのニュースは木のおもちゃ世界全域に放送された。苅田成美アナウンサーは、新しく入ったニュースを報じた。もちろん、彼女も、ナルカリによって作られた木の人形だ。
 
「たった今、入ったニュースです。我々の生みの親である木のおもちゃ作家のナルカリ氏が、魔人によって木のおもちゃにされてしまいました。現在、ナルカリ氏は、木のおもちゃ達に助けられて保護されている模様です。また、新しいニュースが入り次第、お伝えしていきたいと思います」
 
 
 
鳥の鳴き声が聞こえて、ピトキは目を覚ました。外から光が入っていた。朝だ。ピトキはベッドから抜け出すと父が寝ているはずの部屋に入った。
 
だが、その部屋には誰もいなかった。それに、ベッドには父が寝ていた形跡はなかった。いったい、父は、まだ帰ってきていない。いったい、どうしたのだろうか。ピトキは工房に電話をかけることにした。
 
 
 
工房で電話の音が響いた。小さい体になった木のおもちゃのナルカリには、いつもよりも、大きな音に聞こえた。
 
「電話ですね」と、クワカーが言った。
 
ナルカリは電話の置いてある隣の部屋に歩いた。その電話は今のナルカリからは手の届かない位置にあった。電話に出ることはあきらめるしかなかった。やがて電話は鳴り止んだ。
 
 
 
ピトキは十回ほどの呼び出し音を確認すると受話器を電話機に戻した。父は工房にはいないのだろうか。不安になったピトキは、再び受話器を取ると、母親の携帯電話に電話をかけた。
 
 
 
そのとき、工房では、また新たな事件が起ころうとしていた。
 
内臓人形は嫌な予感がした。自分の体に異変を感じる。肺のところから植物が生えてきた。

「ううう」

内臓人形は苦しくてうめき声を上げた。植物は一気に伸びて、五十センチくらいまで成長すると、そこで止まった。
 
「うううう」
 
内臓人形は床に倒れ落ちた。
 
きっと、これも魔人の呪いだと思った。
 
「だいじょうぶだ。心臓には植物は生えなかった、命には別状はないだろう」
 
内臓人形は、そう言うと、その痛みにしばらく耐えるしかなかった。
 
 
 
三頭の犬のおもちゃがいた。大きな一頭は足を怪我していた。そして小さい一頭は耳がもぎとられていた。そして、もう一頭は歩くことさえできないようだった。彼らは、内臓人形の異変を別の場所からテレパシーのようなもので感じていた。
 
「なんだか、嫌な予感がするぜ」
 
「そうですね、兄貴」
 
彼らは、かみつき犬と呼ばれる犬だった。彼らも子供達によって壊された木のおもちゃだ。
 
彼らは保育園の子供達に放り投げられて床にたたき落とされたのだ。

彼らも、いつか、ナルカリに修理をしてもらうことを望んでいた。
 
 
 
木のおもちゃの世界は、どこまでが現実で、どこからが夢なのかわからない世界だ。小さな工房やお店で起こっている出来事だというのに、もっともっと広い世界の出来事のように感じられる。
 
もしかしたら、時間や時空というものが、通常の世界とは異なるのかもしれない。
 
あるいは、いくつもの次元が重なり合っているのだろうか。ナルカリには、わからないことばかりだった。
 
気がつくと外は暗くなっているようだ。もう夜だろうか。時間があっという間に経っている。この世界では時間の感覚が通常とは違うようだ。
 
ナルカリはクワカー達と、今後のことについて話あった。
 
「きっと大丈夫ですよ、すぐに人間に戻れますよ」クワカーは言った。
 
「ああ」ナルカリは気の無い返事をした。
 
すると、棚の上のガイコツのからくり人形が喋った。
 
「もう少しの辛抱ですたい」
 
「でも、僕は、ナルカリさんと、こうして一緒にいるのはとっても楽しいです」
 
クワカーは本心からそう言った。
 
「ああ、なんだよ」ナルカリは少し照れくさそうだった。クワカーの言葉が嬉しかったのだ。自分の作ったおもちゃに慕われるのは嬉しいものだ。
 
「みんな、たいへんです!!」
 
突然、ウサギのドアストッパーが現れた。
 
「山口つとむ君が魔法にかけられました」
 
皆は驚いてウサギのドアストッパーの方を見た。
 
「魔法?どんな?」ナルカリが訊いた。
 
「植物の魔法です」
 
「植物?」
 
「でも、命には別状はないようです。」
 
 
 
店の中で三体の木のおもちゃが寝そべっていた。ゾンビとニーナと、ダイエット婦人だ。
 
「ねえ、ねえ、ねえ、山口君が植物の魔法にかけられたらしいわよ」
 
「これも魔人の仕業なのかな」
 
「恐ろしいことに、なってしまったものね」
 
 
 
ナルカリは工房の片隅に立っていた。
 
自分はいったいどうしたら良いのだろう。ナルカリは内臓人形の山口君に対して、申し訳ない気がした。
 
自分が、壊れた木のおもちゃを修理しなかったことが、今回の事件を引き起こしているのだと悟ったからだ。
 
壊れた木のおもちゃ達の修理をせずに、ほったらかしにしていたことが悔やまれた。
 
「いったい、俺はどうすりゃいいんだ」
 
 ナルカリが呟くと、誰もいないと思っていたその部屋の中から声がした。
 
「歌えばいいのよ」
 
「あ、君は」
 
そこにはギターを持った女のカラクリ人形が立っていた。
 
「そうよ、わたしは」
 
「シンガーソングガール」
 
突然、出会った二人はテンポ良く言葉を交えた。もちろん、はじめて会ったわけではないのだが。
 
「今の気持ちを歌にすれば良いのよ」
 
「今の気持ちを」
 
すると、シンガーソングガールは、ギターを弾き鳴らした。
 
ナルカリは彼女のギターに弦を張った記憶など無かったが、音は、彼女の手の動きと共にメロディーを奏ではじめた。
 
 ナルカリは、口から歌がこぼれ出しそうになった。自分の意志じゃなくて、口と声が勝手に音楽に誘われたという感じだ。ナルカリは、不思議な感覚の中で歌を歌った。
 
 
 
 さあさ、いったい♪俺はどうすりゃいいの♪
 
 
 
「お!」
 
 歌い出したナルカリを見て、シンガーソングガールは思わず声を上げた。
 
 ナルカリは歌を続けた。
 
 
 
 人間の体に戻れるかな♪この体もまんざら悪くはなさそうさ♪だけど、戻れるかな♪
 
 
 
「なかなか良いじゃない」シンガーソングガールが言った。
 
 シンガーソングガールが弾くギターの音色を聴くなんて思いもよらなかった。そして、一緒に歌を歌うなんて。
 
 
 
 さあさ、いったい♪俺はどうすりゃいいの♪人間の世界に戻れるかな♪ここの奴らもみんな、良い奴ばかり♪だけど、戻れるかな♪
 
 
 
 歌を歌っていると、自分が木のおもちゃになっていることなど忘れてしまいそうだった。
 
しかし、俺は木のおもちゃになっている。そして、この非現実的空間で自分が歌を歌っていることは、まぎれもない事実なのだ。
 
いったい、俺はどうなっているのだ。
 
 ナルカリは歌をすべて歌い終えると、シンガーゾングガールにお礼を言い、工房の外に出た。
 
夜空には月が光っていた。
 
ナルカリは仰向けになり地面に寝そべると夜空を見上げた。
 
あたりから虫の鳴き声が聴こえてきた。今が、いつの季節なのかもわからなかった。そして、いつも働いている工房のはずなのに、ここが本当に、いつも働いていた工房かどうかもわからないと思った。
 
工房の外から見る風景が、いつもとは違う景色に映った。ここは別の世界かもしれない。
 
俺は夢を見ているのか。だけど、今の俺には、その答えを見つけることはできないだろう。
 
ずっと頭がぼんやりしているのだ。
 
「現実は想像で、想像は現実なのかもしれない」そう呟くと、いっそ、このまま木のおもちゃであり続けても良いような気がした。
 
 
 
 
ここは木の積み木で作られた積み木谷だ。木のおもちゃ達はそう呼んでいる。この場所に馬の嘶きが響くと、赤い服を着た女の人形が金太郎の人形を引き連れて馬に乗って現れた。
 
「ナルカリさんが、木のおもちゃになったらしいわ。会ってみたいわ」
 
 赤い服の人形はそう言うと、再び、馬を走らせた。金太郎も後に続いた。
 
 二人は、木のおもちゃ達が集まっている広場に辿り着いた。
 
 犬のおもちゃと、ネコのおもちゃが、魔法にかけられた山口つとむ君のことを話していた。木のおもちゃ達は、近付いて来る赤い服の人形に気がつくと「あ、キャサリン姫だ!」と、少し嬉しそうに言った。
 
 赤い服の人形は、皆からキャサリン姫と呼ばれるお姫様だった。木のおもちゃの世界の姫なのだ。キャサリン姫もまた、ナルカリが作った人形の一つだった。キャサリン姫と一緒にいる人形は金太郎に間違いなかった。
 
「ねえ、みんな。ナルカリさんが人形になったと聞いたんだけど、今、どこにいるの?」キャサリン姫は皆に尋ねた。
 
「ナルカリさんは、魔法にかけられた山口君の様子を見に行きました。たぶん、今はベルトサンダーの機械の近くにいると思います」
 
「山口君も魔法にかけられたのね。知らなかったわ。とにかく私はナルカリさんに会いに行ってみるわ」
 
 そう言うとキャサリン姫は馬にまたがり、金太郎を引き連れてナルカリのいるところを目指した。
 
 キャサリン姫は積み木谷まで引き返すと、少し馬を休ませようと思い、馬の速度をゆるめた。そのときだった。突然、目の前にサソリ蜂が現れた。サソリ蜂は狼犬と牙うさぎを引き連れて、二人の前に立ちはだかったのだ。
 
「何者だ!」金太郎は、一歩前に馬を歩ませて、大きな声で叫んだ。
 
「ひひひ。魔人様の命令でやってきたんだ。キャサリン姫は俺がもらった。」
 
「なんだと!」金太郎は、サソリ蜂を睨みつけると、キャサリン姫を守るように、さらに一歩前に馬を歩ませた。
 
 サソリ蜂の背後にいた狼犬は「金太郎、おまえは俺と勝負だ!」そういうと、金太郎に襲いかかった。金太郎は狼犬の牙に噛み付かれて、馬から引きずり降ろされた。そして牙の餌食となった。
 
「さあ、キャサリンくるんだ」
 
 サソリ蜂は、大きなハサミでキャサリン姫に襲いかかった。キャサリン姫はサソリ蜂の攻撃をかわそうとしたが、すばしっこいサソリ蜂は、キャサリン姫の腕を掴むと、馬から引きずりおろした。
 
「キャサリン姫!」金太郎は襲われたキャサリン姫を見て叫んだ。狼犬の攻撃をかわして、キャサリン姫を助けに行きたかったが、敵は、かなりの猛者だった。金太郎は、狼犬に強く押さえ付けられたまま、なす術もなかった。
 
 サソリ蜂は「ひひひ」と笑うと、キャサリン姫を引きずりながら、その場から立ち去った。そして、そのあとを牙ウサギが続いた。
 
「待ってくれ、兄貴」狼犬は、金太郎から手を離すと、慌てて、サソリ蜂の後を追った。
 
 金太郎は横たわったまま「キャサリン姫」と呟いたが、もはや、追いかける気力さえ残されていなかった。
 
 護衛として役に立てなかった自分を無様に思った。
 
 
 
 キャサリン姫は、しばらく気を失っていたようだ。気がつくと、洞窟のような穴蔵にいた。唯一、外の光が見える場所には柵が張り巡らされており、自分の力では逃げ出せそうもないと感じた。
 
「誰か、助けに来てくれないかしら」
 
 キャサリン姫は、小さく呟いた。
 
 
 
「たいへんだ。たいへんだ。キャサリン姫がさらわれた。たいへんだ。たいへんだ。キャサリン姫がさらわれた」
 
 キテレツカーと呼ばれる木のおもちゃは、昔、ナルカリと一緒に働いていた若者が作った木のおもちゃだ。
 
「たいへんだ。キャサリン姫がさらわれた」キテレツカーは次々にガイコツ目玉くるくるのところにやってくると、そう伝えた。
 
「ふえ〜〜、ふえ〜〜」ガイコツ目玉くるくるは、その名の通り目玉をくるくる回して、その事実に愕然とした。
 
「兄貴、兄貴、キャサリン姫がさらわれたらしいですぜ」ヘビ男の子分が言った。
 
 ナルカリの自宅付近にいた木のおもちゃ達にも、このニュースは伝わってきたようだ。
 
「そりゃあ、たいへんなことになってしまった」
 
 犬のおもちゃとネコのおもちゃも、今回の事件について話を聞いたようだった。
 
「キャサリン姫がさらわれてしまった。俺たちはどうすれば良いんだ」犬のおもちゃが言った。
 
「なんとか、この危機を乗り越えなければいけないわ」ネコのおもちゃが言った。
 
「早く、皆を集めて相談しよう」そう言うと、犬のおもちゃは、コロコロコロコロとタイヤを転がして、その場を立ち去った。
 
「待って〜」ネコのおもちゃが犬のおもちゃの後を追った。
 
 
 
 想像力の限界は、その人間の限界でしかない。本当は、この世は無限に違いない。果てもなく始まりもない。人間の思考の中で考えた事象を実際に行うことを現実と呼び、そして、自分の中で現実の限界を作り、それを超えた事象を口走るものに対して、幻覚を見ているものと呼ぶ。
 
 いくら脳の研究が進んできたといっても、誰も、他の人間の心の中を知ることはできない。死後の世界さえ、未だに誰も解決などできていないではないか。そしたら、この世と別の世界が存在するはずがないと、誰も証明することなどできないはずだ。だから現実は想像で想像が現実だと思ったのだ。
 
 本当は筋道たてて、物事を伝える必要もない。それは現実論者には必要なことかもしれないが、我々、創造者には無縁のことだ。
 
 創造者は言葉を上手く伝えられない。何故なら、言葉よりもイメージが先に進んでしまうからだ。それを補うかのような言葉を選ぶことが苦手なのだ。
 
 
 
 魔人は自分の過去を知りたかった。
 
 昔、俺は光だった。宇宙を彷徨う光だった。そういう記憶は確かにあるのだ。だが、それ以前の自分が何者だったのか、その記憶を失っている。
 
 俺はずっと光だったのだろうか。だが、この人間の世界に憧れているのには、別の理由があるのかもしれない。光になる前の自分の未練が、人間界への憧れを作り出しているような気がする。
 
 一通り、思いを巡らしたあと、魔人は影を作り、その影を木のおもちゃ達の集まっている広場に映しだした。
 
 木のおもちゃ達は、広場でキャサリン姫がさらわれたことについて、話し合っている最中だった。
 
彼らは突如現れた魔人の幻影に驚いたが、すぐにそれが幻影だとわかると、落ち着いて、その幻影の言葉に耳を傾けた。
 
「キャサリン姫の命はあずかった。キャサリン姫を返して欲しければ、明日の夜、ナルカリをここに連れてくるのだ。キャサリン姫はナルカリと引き換えに返してやろう」
 
 そう言うと魔人の幻影は大きな笑い声を上げ、闇の中に消えた。
 
 どよめきが起こった。すぐに金太郎が口を開いた。
 
「キャサリン姫を救うために、ナルカリさんを引き換えにしましょう」
 
「ちょっと待ってくれ、金太郎。じゃあ、ナルカリさんはどうなってもいいってことなのかい」クワカーは金太郎を睨みつけた。
 
「そういうわけじゃ・・・」
 
「何か他に良い方法がありますよ、きっと」ガイコツ目玉くるくるが言った。
 
「じゃあ、どんな方法があるって言うんだい」金太郎が続けた。
 
「これじゃあ、魔人の思うつぼじゃないか」犬のおもちゃが呟いた。
 
 そのとき、さっきまで、そこに居なかったはずのナルカリが姿を現した。彼は皆の中に分け入って言った。
 
「明日の夜、魔人のところに行ってくるよ。すべては俺の責任なんだから」
 
「ナルカリさん・・・」クワカーはナルカリを見つめた。
 
「魔人に何をされるかわかりませんよ」そう言うと、クワカーはナルカリが自分を作ってくれたときのことを思い出した。完成した自分を見て嬉しそうに笑顔を浮かべていたナルカリの顔がはっきりと思い出された。
 
「ナルカリさんは魔法使いだ。僕たちを生み出す魔法使いだ。そんな、ナルカリさんに、もしものことがあったら、これから誰が木のおもちゃを作り出すっていうのさ」
 
 クワカーがそう言うと、皆、項垂れた。
 
 少しの沈黙の後、ナルカリはやさしく笑みを浮かべてクワカーを見て言った。
 
「大丈夫だよ。クワカー。俺は無事に帰って来るよ」
 
「ナルカリさん・‥」
 
「大丈夫だよ」ナルカリはもう一度言った。
 
 クワカーはもうそれ以上、何も言わなかった。 
 
 誰もナルカリを止めるものなどいないようだった。心の中ではどう思っていたかはわからないが、キャサリン姫を助けるためには仕方のないことなのだから。
 
 ナルカリがキャサリン姫を救うために自分を犠牲にするという話は、すぐに木のおもちゃの世界に広がった。吸血鬼ロボだは、その話を金太郎から聞いた。
 
 吸血鬼ロボは木の世界の大統領である。彼は、木のおもちゃ達の前に姿を見せて、そして、演説を始めた。
 
「我々の姫が魔人にさらわれた。姫を救うために、ナルカリさんは魔人の元に行く決意をしてくれたのだ。『現実は想像だ。想像は現実だ』これは彼の言葉だ。我々はナルカリさんの言葉を胸にしまい、木のおもちゃとして生き続けることを誓おう。ありがとうナルカリさん」
 
 皆は吸血鬼ロボ大統領の演説に真剣に耳を傾けた。中には、涙を流している物もいた。
 
 
 
「明日、僕がナルカリさんを、魔人のところに連れて行くよ」クワカーはカブカーに告げた。
 
「わかったわ。もう仕方がないことね。でも、いったい魔人はナルカリさんに何をしようとしているのでしょう?」
 
 
 
 次の夜、クワカーに引き連れられて、ナルカリは約束の場所にやってきた。
 
 ナルカリはクワカーに、側から離れるように告げると、床に座り込んで魔人の登場を待った。
 
 しかし、そこに最初に現れたのは魔人ではなく、サソリ蜂と手下どもだった。
 
「キャサリンはどこだ」ナルカリが言うと「すべてが終わったら返してやるさ」と、サソリ蜂は答えた。そして、すぐにまた話し始めた。
 
「ナルカリさんよ。俺達は、あんたが作った木のおもちゃさ。でもよ、あんたは壊れた俺たちを修理してくれなかった。だから、俺はあんたに復讐してやるために魔人と手を組んだのさ」
 
 ナルカリは、言い訳などする気持ちはなかった。彼が言うことは、もっともなことであり、自分もそのことを後悔していたからだ。
 
「お前達には悪いことをしたよ」そう言うと、ナルカリは俯いた。
 
「さあ、あんたに復讐する時間だ」
 
 サソリ蜂は、そういうと、笑い声をあげた。
 
 そのとき「おい、待て待て待〜!」と、叫び声が聞こえた。その声の主は壊れたかみつき犬だった。
 
「おいおい、サソリ蜂、お前達がやろうとしていることは、無駄なことだよ。復讐なんてバカなことだ」
 
「うるさい!黙っていろ!」サソリ蜂はかみつき犬をどなりつけた。
 
 狼犬は、かみつき犬に襲いかかろうとしたが、かみつき犬は大きな体で狼犬を威嚇して、その攻撃を止めさせた。
 
「それに。魔人とナルカリさんの合体は、俺たち木のおもちゃの世界にも危険をともなう」「合体?なんなんだ、それは」ナルカリが訊くと、かみつき犬は答えた。
 
「そのままの意味だよ。合体だよ。魔人は、おまえさんの体が欲しいんだ。魔人にとって、いや、俺たちにとって、おまえさんは特別な存在なんだ。なんせ、俺たちを生み出したのはあんたなんだからよ。あんたは俺たちの創造主なんだ。そして、魔人はあんたと合体することで、さらなる進化を遂げようとしているんだ。壮大なパワーを手に入れたいのさ。それは、木のおもちゃの創造主のあんたの身体を得ることで、魔人は、人間界の創造主、すなわち、神になろうとしているんだよ」
 
「なんだって!」そういうと、ナルカリはかみつき犬に鋭い眼差しを向けた。
 
「どうして、おまえは、そのことを知っているんだ」
 
「ははは、だって、俺の魂は太古の昔、魔人と同じ時代を生きていたからさ。この土地には昔、大きな山があったんだ。俺たちは、そこに住む『モノノケ』だったのさ」
 
「モノノケ?」
 
「そうさ、俺は、その山の中の湖に住む竜だったんだ」
 
「竜・・・」
 
 虚をつかれたように、ナルカリはかみつき犬を見た。
 
「そうさ、俺は竜だった。そして魔人は、デイダラボッチだったのだ」
 
「デイダラボッチ?」
 
「そうさ、心優しい山の主さ。ぱっと見た感じには十メートル。人間をそのまま大きくした巨人のような姿だが、よく見ると、人間とは違い、口も無く、鼻もなく、毛むくじゃらの体に目だけがピカっと光っている、そういう『モノノケ』さ。奴は山を守りたかっただけだったんだ。だが、人間たちは、奴を恐れ、嫌い、そして、しまいには、矢を放ち、火をつけた。デイダラボッチは抵抗することも無く、殺されちまったってわけよ」
 
 悲しい話だとナルカリは思った。
 
人間はなんて愚かなことをするのだろう。デイダラボッチはさぞ、苦しかったことだろう。人間を恨んだに違いない。その恨みが今、このような形ではらされようとしているのだ。自分との合体という形で。
 
「サソリ蜂よ、もう、やめろ。不幸な物語をこれ以上作ったところで面白くもなんともないだろう。やめておけ」かみつき犬はサソリ蜂を睨みつけて言った。
 
「うるさい!俺はただ、ナルカリに復讐がしたいだけだ」
 
 そのとき雷鳴が轟いた。そして霧が立ち込めた。その霧の中から魔人の仮面が浮かび上がってきた。
 
 仮面は不敵に笑うと、不吉な空気を作りだした。もう、既に儀式が始まった。
 
ナルカリの身体は床に吸い付けられた。
 
体を動かそうとするが、動くことができない。おそらく、魔人の魔法によって、体が硬直してしまったのだ。
 
 そして、霧の中から魔人は、はっきりと姿を現した。
 
 かみつき犬は、その魔人の動きを阻止しようと歩み出たが、狼犬がかみつき犬に飛びかかった。二頭は牙と牙で戦いあった。
 
 魔人は怪しげな光に包まれると呪文を唱えはじめた「ト・フ・ラ・ク・リ・カ・ル・ナ、ト・フ・ラ・ク・リ・カ・ル・ナ、ト・フ・ラ・ク・リ・カ・ル・ナ」
 
 その呪文を唱えると、ナルカリの姿が人間に変わり、また木のおもちゃに変わり、それが何度も繰り返された。
 
そして、ナルカリが木のおもちゃから人間の姿に変わる瞬間を狙い、魔人は最後の呪文を唱えた。
 
「ト・フ・ラ・ク・リ・カ・ル・ナ」
 
 そのときだった。工房の入口の扉が開き、誰かが入ってきた。ピトキだった。ピトキはナルカリに近付くと大きな声で叫んだ。
 
「お父さん!」
 
 ピトキは咄嗟に魔人の仮面を掴んで床に叩き付けた。
 
 その瞬間、雷鳴が轟き、あたりが光りで包まれた。
 
 
 
 どれくらい時間が経ったのだろうか。小鳥の鳴き声が聴こえた。窓から明るい光が射していた。
 
 ナルカリは暗闇の中にいた。
 
その暗闇の中で、自分が生きているのだと感じることができた。
 
ピトキ。ピトキはどうなってしまったのだ。ナルカリは、ようやく意識を取り戻し、ゆっくりと目を開けて、体を起こした。
 
 ナルカリは自分の手を見つめた。その手は人間の手だった。
 
俺は人間に戻ったのだ。
 
ピトキ。ピトキはどこだ。
 
ナルカリは座りこんだまま、あたりを見回してピトキの姿を探した。
 
だが、ピトキの姿はなかった。
 
床の上ではサソリ蜂がぐったりと倒れていた。かみつき犬、狼犬、牙ウサギ、クワカー。彼らは床の上でまったく動かなかった。
 
 彼らから二メートルほど離れたところに、魔人の仮面が転がっていた。そのすぐそばに、目玉が二つ転がっていた。魔人の魔法は解けたようだ。
 
 ナルカリはもう一度、あたりを見回したが、やはり、ピトキの姿はなかった。
 
「ピトキ!」ナルカリは不安にかられて叫んだ。
 
 すると、自分の体の横に小さな切抜き人形が落ちていることに気がついた。
 
「これは?」
 
 ナルカリはその人形を手にとると、目の前に近づけて不思議そうに見つめた。
 
 すると、その人形が言った。
 
「お父さん」
 
 新しい物語がはじまった。
 
 
 
 その後、いったいどうなったのだろうか。ここから先は皆さんの想像にお任せしよう。
 
 だけど、最後にもう一度、言っておきたい。
 
 現実は想像で、想像は現実なのだ。
 
 
 
 静かな夜。床の上の目玉はゆっくりと動き出した。まず、丸い方の目玉がコロコロと転がった。どこかを目指しているようだ。目玉はコロコロと店の中に入ってガイコツパズルを見つけだした。そして、ガイコツパズルが失った右側の目玉の穴の中にゆっくりともぐり込んだ。ガイコツパズルは喜びのうなり声をあげた。
 
 もう一つの目玉はすべるように、するするするすると、目標を探して動き出した。この目玉も店の中に入ると、その中から福笑いを見つけ出して、福笑いの眉毛の上にはり付いた。「そこじゃない!」と福笑いが叫ぶと、目玉はするっと眉毛の下の所定の位置にすべりこんだ。福笑いは、ほっとして息を吐いた。
 
 
 
おわり 
 
 
 
   
 
 
 
 
 
   ○おまけ
 
 
 
「おじさん、あれから顔の調子はどうですか?」小さな子供の声が福笑いに話かけている。
 
福笑いは、顔の部品をジョリジョリと動かして、その顔の完璧さをアピールした。
 
「かんぺき」
 
 そう言うと、また、ジョリジョリと動きだし、今度は別の顔を形成して、再び、完璧さをアピールするようだった。
 
「やっぱ、かんぺき」
 
 そう言った途端、
 
 福笑いの顔は爆発した。
 
「じゃ、な〜い」
 
「ははははは」笑い声がした。子供の声だ。
 
 そこには木の人形が立っていた。ピトキだった。